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秋田地方裁判所 昭和39年(わ)145号 判決 1965年3月31日

被告人 山郷己代治

昭四・三・五生 板金業

主文

被告人を禁錮一年に処する。

但しこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用中差戻前の第一審で要した分(但し昭和三三年一〇月七日証人横山長吉に、同月二七日証人熊谷誠助及び同佐藤信孝に、並びに同年一一月四日証人佐々木十四男に各支給した分を除く)は被告人の負担とする。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、父恒吉の経営する板金業山郷工務店の工事責任者として、昭和三二年八月一〇日以来同工務店の請負にかかる秋田市土手長町中丁二番地所在秋田県庁々舎の正面玄関に続く広間(以下、正庁部分という。)の屋根のトタン板葺替工事に従事し、同月一二日も早朝から右正庁部分の屋上などにおいて従業員佐藤信孝、熊谷誠助外四名を指揮監督し、同人等とともに右工事をしていたものであるが、右県庁々舎は木造で、正庁部分の屋根はトタン板葺であるが、葺替のため一部分トタン板が剥がされ下葺の柾板が露出されたままであり、また正庁部分の東側に接続する棟(以下、中央棟という)の屋根はスレート瓦葺であるが、その所々に下葺の柾板に通ずる間隙や亀裂欠損箇所があつたばかりでなく、当時は連日の晴天、高温続きで柾板などは加熱により極めて乾燥しており、かような状況の下において右屋上のような個所において作業をするものが喫煙するときは、着火している煙草の破片、吸殻などが柾板等に附着して発火する危険が充分に予測されるのみならず、特に右一二日は快晴で気温は午前九時に既に摂氏二九度に達する程の異常高温現象で且つ東南東風速六米の風を伴つていたので、右屋上での喫煙による火災発生の危険は一層増加していたのであるから、被告人のような工事責任者としては自ら屋上での喫煙を慎しむばかりでなくその配下の従業員に対しても予め屋上での喫煙を禁止するなどして、火災の発生を未然に防止すべき義務を有することは明らかであり、特に被告人は前々から父恒吉から作業所での喫煙について火災の危険のあることを注意され、また以前に秋田県立中央病院の屋根の葺替作業中屋上で喫煙したため秋田県庁建築課員から注意をうけたこともあつて、被告人としては重々右の注意義務を認識していたにも拘らず、これを怠り、作業開始の同月一〇日以来被告人は、前記従業員に対し屋上での喫煙を禁止せず、むしろこれを放置し、また自らも屋上で屡々喫煙していたため、従業員の火気に対する注意心を弛緩せしめ、その結果同月一二日午前九時三〇分頃には前記佐藤信孝をして不注意にも中央棟北面附近で喫煙するに至らしめ、更に同日午前一〇時三〇分頃には前記熊谷誠助が中央棟の正庁寄りの棟附近で喫煙しているのを現認しながらこれを制止しなかつたばかりか被告人自らも同時刻頃右同所及び正庁屋根の東面と南面の稜線附近で喫煙した重大な過失により、右三名いずれかの喫煙による煙草の吸殻又は破片の一部が風のため中央線の屋根瓦の隙間などからその下葺の柾板に達しこれに着火せしめて、火を失し、よつて同日午前一一時頃より午後零時五〇分頃までに、秋田県知事小畑勇二郎の管理し、かつ人の現在する前記県庁々舎及び県議会議事堂各一棟の一部延二、二〇八坪(損害合計一億五九二〇万円相当)を焼燬したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

本件火災の発生が被告人自身の喫煙に起因するか、或いは前記従業員二名の喫煙に起因するかは遂いに不明であるが、本件のような気象条件、木造建物の屋上工事の際中においては、被告人自身率先して喫煙などを慎しむべき注意義務を有するとともに、配下の従業員に対しても喫煙などを避けしめるように措置すべき注意義務を有していたのに拘らず、被告人が同時に右二個の注意義務を怠り、その結果、被告人自身を含む三名いずれかの喫煙により火を失して、他人の現在する建造物を焼燬したものであり、しかも当時の状況に照し右二個の注意義務違反はいずれも刑法にいう重過失と評価するのが相当であるから、いずれにしても被告人は刑法第一一七条の二後段、罰金等臨時措置法第二条第三条所定の罪を犯したものといわなければならない。(なお検察官は、被告人は佐藤信孝及び熊谷誠助と意思を通じ、同人等と共同して喫煙した重大な過失により本件火災を惹起したものであつて、被告人等三名について過失の共同正犯が成立するという見解をとつているが、被告人と右佐藤信孝等との間に屋上工事についての共同目的ないし共同行為関係というものは存したが、喫煙については、たんに時と場所を同じくしたという偶然な関係があるにすぎなく、これらの者が喫煙について意思を通じ合つたとか、共同の目的で喫煙をしたというような関係があつたとみることはできなく、本件について、過失の共同正犯の理論を適用するのは相当でない。)

進んで刑の量定について考えるに、本件失火は県庁庁舎を灰じんに帰せしめ、その損害額は甚大であつて、被告人の刑事責任は決して軽視することのできないものである。しかしながら、本件が発生してから既に七年有余の歳月を経過し、その間被告人方の営業は本件が原因となつて信用上決定的な打撃を蒙り事業規模の著しい縮少、経済的窮状という憂目をみるなど、被告人の蒙つた有形無形の苦痛も決して軽微なものでないことや、被告人は本件について充分に反省の情を示し、勿論再犯などの虞れもないこと、その他被告人の年令、家庭の情況など諸般の事情を考慮し、所定刑中禁錮刑を選択し、その所定刑期の範囲内において被告人を禁錮一年に処するが、同法第二五条第一項によりこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、なお訴訟費用中、主文に掲記した分の負担につき刑事訴訟法第一八一条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部保夫 篠原曜彦 本郷元)

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